ローソファ専門店HAREM
旅コラム "Trip for unknown"
フィンランドで知る 暮らしの作り方

ソファー専門店 HAREM


8月、出勤するや否や、HAREM大阪店のショップマネージャーの就任を控えていた接客スタッフの樋口さんが唐突にフィンランド行きを宣言しました。

「えっ、住むんですか?」と思わず聞くと「いやいや」と笑いながら。
「ちゃんと帰ってきますけど、観光気分というよりは武者修行のつもりで行ってきます」

その頃の樋口さんと言えば、日々の業務に追われ、プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、やっぱりひたすら業務の繰り返し…と、泣きそうな顔になっているのを見かけた事もありました。その表情には、この日々の延長に自分の望む未来があるのだろうかという不安も含まれていたと思います。

そんなジレンマから脱するようにフィンランドへ飛び立った彼女。帰ってきてからのあまりにも晴れやかな表情に、そこで何に出会ったのか話を聞かずにはいられませんでした。
この旅の記録が、読んでくださる人の心に少しでも引っかかれば幸いです。

滞在日程

1.何も纏わない時間

フィンランドに暮らす人の多くは湖の近くにサマーハウスを持っていて、各家庭に一つ、サマーハウスにも一つサウナを持っていると言います。休みの日はBBQ、サウナ、湖で泳ぎ、時には焚き火をして過ごすそうです。
特にサウナは人口540万人に対し国内に2〜300万個あると言われているほどフィンランドの暮らしには欠かせない文化です。

「”サウナ”という言葉自体がフィンランド語なんです。でも日本の温泉や銭湯にあるような物とはちょっと違っていて、神聖な場所でもあり、カジュアルな社交場でもある。もちろん、純粋に疲れを癒す場所でもあります。サウナの中で”ヴァスタ”という白樺の葉を束ねたもので体を強く叩く健康法があるのですが、これがお祓いみたいで気持ちがすっきりするんです!」

「日本で、何も纏わずに誰かと接する時間ってそうそう無いですよね。ピーシさんとはそんな状態で、たくさん話をして、楽しくなったらくるくる回って踊ったりして、体が無防備だと心も無防備になるというか。」

樋口さんの話を聞きながら、日本であれば露天風呂が近いのかなと。
そういえばもう潰れてなくなってしまった近所の銭湯の露天風呂では、いつもより深く友人と話し込むことが度々ありました。体に何も纏わない時間は、心も素直にしてくれるのかもしれません。

2.ストーリーを知る

「サーモンスープって分かりますか?」

流行りに疎い私はポカンとしてしまったのですが、聞けば最近日本でも広く知られつつあるフィンランドの伝統料理との事。

「日本ではオシャレな北欧料理として広まっているんですけど、実はフィンランドが豊かではなかった時代に節約の中で生まれた料理なんです。他にもブルーベリーとお肉を合わせたり、ある物で工夫して料理している。そういう背景を知る事って大事だなと思いました。」

また、骨董市が盛んだったのも印象的だったよう。

「週末になるとそこら中で開催されていて、しかも売っているのが雑貨類だけではなく家具のような大きなものも!ピーシさんの家の家具もほとんどセカンドハンドで揃えられていて、物を大事にする文化なんだなと思いました。私も接客スタッフとして働く中で、こだわり抜いて選ばれた素材が職人さんの手により商品となり、お客様の手に渡り、時に感想を頂く事で、物にもストーリーがある事を感じます。そういう物が止むを得ない理由で元の持ち主の手から離れていったとしても、また誰か新しい持ち主に出会える事はとても素敵ですよね。」

自分の心がときめく物に出会えた時、表面で評価するのではなく背景やストーリーを知ることで、その物の本質が見えて来る。きっとそういう風に物にも思いを馳せる事でより大事に思えるのでしょう。

3.本当に必要なものは少しだけ

森のすぐ近くの家に住むピーシさんとは、きのこ狩りをしてシチューを作ったり、庭になっている果物でジャムを作ったり、部屋の中では一緒に編み物をしたり、音楽に合わせて踊ったりして過ごしたとのこと。

「森で一緒に焚き火もしました。ピーシさんは時折心を許せる友人と二人、”人生にいらないもの”を持ち寄って焚き火で燃やしてしまうそうです。」

人生にいらないものって?想像してみましょう。

着なくなった服、読まなくなった本、壊れた電子機器、かつては一度必要とした物たち。
考え始めると自分がいかに物に執着して暮らしているかに気づきます。
物を大事にする一方で、物を手放す心も持つ。”人生にいらないもの”を見極めるのは、必要なものを集めるよりもきっと大変な作業なのでしょう。

4.暮らしの光は自分でつくる

フィンランドのみならず、北欧はインテリアデザインが有名です。

「ヘルシンキに到着してしばらくウィークリーマンションに滞在していたのですが、日本のそれのような味気なさがないんですよね。」

「北欧は冬になると日照時間が短くなるので、屋内で過ごす時間が長くなります。その中でも元気に過ごすために、インテリアでカラフルに飾ったり、キャンドルで可愛くお部屋を明るくしたりしてるそうです。」

先ほどのサーモンスープの話にしても、私たちが憧れている北欧の文化たちは「背景」と「工夫」による所も多いようです。環境は変えられずとも、美味しい物を食べて、お部屋を彩ることで心は豊かに暮らしていける。情報過多の日本で穏やかに暮らす上で、いいヒントになりそうです。

5.恐怖と仲良くすること


「人前で泣く事は恥ずかしい事だって思ってたんです。でもピーシさんが「涙は心が開いて感情があらわになった時に出るもの。普段閉じ込めている強いエネルギーが出るのだから周りはびっくりしてしまうかもしれないけれど、エネルギーが強い事は誇っていい事よ」って言ってくれて、泣いてもいいんだって思えるようになりました。」

ホームステイで樋口さんを迎え入れたピーシさんは手芸家です。若い頃に手織りの技術を学ぶべく単身アフガニスタン経由の陸路でインドに渡ったり、タヒチではハイキング中に出会った大富豪とのロマンスの末結婚まで話が至ったものの、やはり故郷のフィンランドへ帰ってきたのだとか。波乱万丈を楽しめる凛とした心と佇まいの物怖じしない女性です。

「ピーシさんとたくさん話して、考え方がひっくり返るような事がたくさんありました。たとえば、恐怖と仲良くすること。日本人はとても慎重で、何かと保険をかけたがりますよね。それはきっと裏に恐怖があっての行為なんだけれど、恐怖というのは決して悪いものではない。むしろ「あなたは何を教えてくれるの?」と近づいていく事で、学ぶ事がたくさんあるんだと話してくれました。」

6.自分の心の声を聞く

樋口さんが旅を終えてもう3ヶ月。帰国後すぐにショップマネージャーに就任し、今ではその肩書きも板に付いてきました。彼女がフィンランドで得た事は一体何だったのでしょう?

「ホームステイ先のヴァンターはヘルシンキよりずっと田舎の町で、森や湖しかないような場所にいると自ずと自分に意識がいくんですよね。今までより深く自分と対話をする時間を持てたおかげで、フィンランドから帰ってきてからは落ち込む事があっても自力で立ち直れるようになったり、自分で自分を褒められるようになったので人の評価もさほど気にならなくなりました。」

「あと、自分に意識がいくようになった事で自分を大事にするようにもなりました。今までお酒を飲んで朝を迎える事も多々ありましたが、寝る時間を十分に確保したり、食べる物を考えるようになったり、むやみに残業する事もなくなって。」

その後、うーんと言葉を探しながら「自分の中の自分を見つけたのかな?」とも。

森と湖と生きる暮らし、心を豊かにしてくれる生活術、大切なものを見極める静かな心、物や人の奥行きを知る探究心、魅力的なおばあさん、自分の中の自分。フィンランドへ行かずとも心ひとつで実践できそうな事も多々ありました。

心ひとつの余裕もないのであれば、いっそ体ひとつフィンランドへ飛ばしてしまって!
強制的に作った時間と旅の中で、丁寧に日々を重ねるためのヒントは見つけられるかもしれません。彼女の経験とこのコラムが、あなたの旅のプロローグになれば幸いです。


文:水嶋 美和
イラスト:神保 佳奈
写真:樋口 友佳子