COLUMN

ホテル伊東

こたつと鍋とローソファショートエッセイ

文:水嶋 美和

10年ぶりにホテル伊東が復活する。 ホテル伊東とはホテルにあらず、友人宅のこと。大学時代、私たちは部員の半数以上をメタル好きで占める「フォークソング部」なる、要は軽音部のような所で出会った。 鋲だらけのライダース、身長20cm増しのピンクのモヒカン、「GO TO HELLだぜ」が口癖の先輩。今振り返るとまあまあな変人集団だ。

伊東はベースを弾く女の子で、駅と大学の間にある彼女の家はみんなの溜まり場となり、洗面所には常時10本以上の歯ブラシが置いてあった。 誰かが泊まっては去り、翌日には他の誰かが泊まっては去るその家をみんなは「ホテル伊東」と呼んだ。

思い出深いのは冬。各々家から具材を持ち寄って、小さなこたつをぎゅうぎゅうの状態で囲んで、ゲラゲラ笑いながら鍋をつついた。 クリスマスには独り者で集まり、爆音でX JAPANをかけてキムチ鍋をした。ホテル伊東は笑いだけではなく涙も引き受けてくれる場所で、伊東の涙も伊東以外の涙もよくここで見た。 二十歳が飲みすぎれば最後は大体そんなもんである。そんでそのままフローリングで寝て風邪をひく。

しかし青い春は短く、短大で私たちより2年早く卒業した伊東とは会う機会が減り、会うのは誰かの結婚式ぐらいになった。 侘しさを感じるのも忘れたつい最近、友人の結婚式で横に座った伊東が一言。「また一人暮らし始めるから、ホテル伊東も復活やで」

そうして一同はニューホテル伊東に集結した。
10年も経てば結婚した人も子供がいる人もいる。少しの時間しかないと家庭や仕事の近況報告で終わり、会うたびに距離を感じるばかりだったけれど、 こうやってこたつで鍋をつついて酒を飲めば10年前のあの時間はすぐに戻ってくる。何だみんな変わらないなと、互いに確認し合う。

変わることも変わらないこともいいことだ。昔一緒に何かを頑張っていた誰かが、持ち味はそのままに今は違う土俵で頑張っているのは嬉しい。 何より嬉しいのは、今はこたつの周りにローソファがある。睡魔にやられた人から順に、昔はフローリング、今はローソファにおちていく。おちた人には伊東が羽毛ぶとんをかけていく。

貧乏な学生生活も思い出としては味わい深い。でも、こういう風に丁寧に贅沢を重ねていけるのが大人であることの良さとも思う。 ローソファと羽毛ぶとんに挟まれながらそう呟き、目覚めは天気、心、体ともに爽やかだった。

こたつと鍋とローソファショートエッセイ「ホテル伊東」